「戦争反対」という言葉

生活

    今朝は、晴れ間が広がったり、雲が出てきて、風が吹いたりしています。
大阪市のソメイヨシノの開花は、今日あたりですかねえ・・・。

    昨日、大阪市に出没していたシカは、無事につかまったようですが。
奈良公園から出た鹿は、天然記念物→野生動物のシカ扱い、になるとのこと。なんとも・・・。

   「戦争反対」という言葉が他者を攻撃する棍棒

   太田氏はその後、「どうして、#戦争反対 と至極、当たり前のことを言うことが駄目になったの?
それって誰が扇動してるの?最近まで普通だった言葉よ。#戦争反対」と困惑を隠さないポストも。
連投している。ここにも現代特有のネット上の「分断」が潜んでいる。

   演出家の片岡K氏は、自身の投稿でこう分析する。

   「誰もが戦争には反対で、平和を望んでいます。
にも関わらず、『戦争反対と言わないあなたたちは戦争賛成なのね!』と。
勘違いしたまま叫んでるからでしょう。言うことが駄目になったのではなく。
話が噛み合わないから突き放されてるだけだと思います。」

   一部の過激な活動や、沖縄・辺野古での不幸な事故を背景に、「戦争反対」という言葉が。
他者を攻撃する「棍棒(こんぼう)」として利用され、言葉自体の価値が変質してしまった――と。
嘆く声も根強い。

   太田光代氏が発した言葉は、本来であれば議論の余地のない正論である。
しかし、現実の国際情勢に直面する人々にとっては、その言葉が「理想論」という名の。
一種の思考停止に映ってしまったのかもしれない。

   「議論したくて投稿してる人ばかりではない」(ケラリーノ氏)という個人の自由と。
現実的な平和維持の手段を問う「公」の視点。
この両者が重なり合う地点を見出すのは、今の日本において極めて困難な作業となっているのだろうか。

   (zakⅡ編集部 霞蓮刃 より ) 

      心に残る言葉  March ㉖
  支えられるだけの人も、支えるだけの人も、いない。                                            

   復職後まもなくで忘れられないのは、2011年4月、東日本大震災の翌月に、福島に行ったことだ。
大臣の随行だった。避難所で大臣が「いま不自然なことは何ですか」「できるだけのことをしますからなどと。

   一人ひとりと話すをする。一方、後ろついていく私には「あ、村木さんだ。よかったね」。
「頑張ってね」などと声がかかった。こんな状況で自分を励ましてくれるなんて、と驚いた。

   ありがたいような、恥ずかしいような経験だった。
後に、さわやか福祉財団の堀田力さんにこの話をしたら、「いいことをしたね」と褒められた。

   堀田さんはロッキード事件などを担当した元検事だ。
法務省官房長なども務めた後、福祉の世界に身を投じた方だ。

   苦しいとき、支援を受け励ましてもらうのは大切だ。けれど、それだけでは人は元気になれない。
「村木さんを励ますことで、福島の人はちょっと元気になれたと思うよ」という。

   支えられるだけの人も、支えるだけに人も、いない。
だれもがそのときそのときで両方できる。両方していいと感じた。

       ( 日経 私の履歴書 より 村木厚子・元厚生労働次官 )        

      生活雑感  March ㉖ 

   アメリカのトランプ大統領が24日、イランから“プレゼント”があったとしていた内容は。
イスラエルメディアは複数のタンカーがホルムズ海峡を安全に通行することだったと。

   これで、石油の価格は、落ち着くのでしょうか?

       今日もよい一日でありますように

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