今日も暑くなりました。真夏の厚さですね。
「梅雨の中休み」というのはありますが、「梅雨入り後」、こんなに早く、前線が北上して。
暑くなるというのは、ちょっと記憶にないですね。
太平洋高気圧が、平年よりも勢力が強く、北上しているようですが・・・。
「いつも通り」というのが、「心を安定させる」ことにつながるのですが、ちょっとこれは。
心身ともに、よくないですね。
今朝、JR大阪駅に、切符を買いに行ったところ、駅前で「維新の会」が街頭演説、ビラ配り。
公示はされていませんが、実質的に選挙運動でしょう。
うーん、私を含めた、多くの国民にとって、国会議員って、「身近か」ではないですよね。
「選挙」の時以外は、国会の議場で、「居眠り」でもしているのかどうか、わかりませんが・・・。
まして、参議院なんて、「暮らしに役立っている」の?って感じです。
直接、コメが上がった、ガソリンが上がった、どうにかしてくれ、は、分かりやすいですが。
「政治」は、前面に出なくても、「国民が安心して、穏やかに暮らせ」れば。
ああ、政治家が、仕事をしているんだなあ、と思いたくもなりますが・・・。
sこの記事をシェアす
「耐えられるか不安」とは、これまた事態は深刻。
50歳を迎え、妻との暮らしが15年目に突入した筆者としては、他人事とも思えません。
結婚生活がはらむ厄介さは、あまたのおとぎ話が「めでたしめでたし!」の。
翌日以降の物語をかたくなに描かないtことからも明らかでしょう。
出会ったときは魅力的に感じた異なる価値観も今はそう映らない。
とはいえ、地動説と天動説ほどの反目し合っているわけでもありますまい。
大抵、醤油派かソース派かに毛の生えた程度に収まります。我が家はきれい好きか否か。
10代の6年間、筆者は引きこもりでした。
その頃、苛まれた強迫性障害の残滓もあって、潔癖と言ってよいほど。一方、妻はおおらかです。
最初のうちは「散らかっているな」とストレスでしたが、「まあ別に死にはしないか」
「自分が片付ければ」と妥協できるようになりました。
おかげで人生が随分、楽になったと感謝しているくらいです。
会話の件もそう気に病む必要はない。
「美人」「優しい」などパートナーの良い点は交際時でとっくに消化済み。
年月を重ねれば「一目置く場所」がなくなっていく、オセロや囲碁と変わりません。
公私ともに「2人」でやってきた筆者には身にしみている。
妻より長く連れ添った「相方」だとより顕著で、営業ステージだろうがテレビ収録だろうが。
本番前はほとんどしゃべりません。しかし、漫才の疲労に支障はない。そういうものです。
( 日経 なやみのとびら より 「妻と会話ない生活に耐えられるか」 )