会長が「創業家の相続のため」と話すと、我々幹部約60人はどうなるんだとざわついた。
会長が退席し、暫くしてドアが開くと陽気な紳士が現れた。

   「やぁ、皆さん、驚いたでしょう。私も買収されてこのグループに入りました。
皆さんの気持ちはよく分かります。一緒にやっていきましょう」。

   一夜にしてスイスの会社から米国の会社に。これが欧米流なのだ。
帰国後、社員に直ちに会い、「今は粛々と仕事に取り組んでほしい」と伝えたが。

   後につらい局面を迎えることになる。
KGFの親会社、米フィリップ・モリスのトップが来日。日本事業の投資計画を説明すると。

   「それはダメ。すぐに収支トントンに」と却下。
後日、広告費と人件費を8割ほど減らす改革案を持ち、一人米国へ。

   退職する社員への給与保証と再就職の支援など、追加費用を粘り強く要求。ようやく承認された。
全社員を集めて縮小計画を伝えた。「皆さんの意思を尊重したいので、自分で今後のことを決めてほしい」。

   朝8時から夜遅くまで全員と膝詰めの面接を連日重ねた。
「転職は慣れていますから」と明るく言う人もいれば。

 「来月初めての子どもが生まれるんです」と暗い表情の人もいた。3か月後、全員の再就職先が決まった。
厳しい局面ほど誠意を持って個々の人々に対応することが大事だと学んだ。

          ( 日経  私の履歴書   より  魚谷 雅彦  資生堂前会長CEO  )