今日も、雨が降っています、さすがに、うんざりしますねえ。
センバツ高校野球は、13時からで、2試合のみとなりました。
ナイターで、3試合目もやるかと思いましたが、高校生ですから、無理はさせられないですよね。
良いコンディションで、やらせてあげたいですからね。
「大谷翔平の会見」を、ライブで見ました。
水原一平の、「大谷選手が、PCを操作して、送金した。」を、あるいはあるかも、と信じていましたが。
この会見を見て、「それはないな」と、思いました。
6億8千万円も、ブックメーカーに、簡単には振り込まないでしょう。
学歴詐称も、含めて、前々から、大谷選手の口座に侵入することは、考えていたのでしょう。
「お金が無くなる」と、横領をしたり、窃盗をしたり、強盗をしたり、殺人もすることも、考えますから。
「賭博」なんて、深みにはまると、底なし沼のようなんですかね。
私の、父方の祖父は、競輪・競馬で、身上をつぶしてしまいました。
そのせいで、子や孫は、苦労したことは、言うまでもありません。
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母の蓁(しげる)は、「座るたびしわが違う」という劉生のため。
針と糸で着物を縫い付け、同じようなしわができるようにした。
麗子像ができるまでには、父と娘の信頼関係と母の献身、家族一丸といなっての協力があった。
麗子は、こうした父との時間を過ごしながら、美点な感覚を養っていった。
劉生は絵は教わるものではないという考えを持っていた。
描き方ではなく、見ることの大切さ、色彩に宿る美などもっと本質的なものだ。
劉生の著書「図画教育論」では、幼い麗子が描いた絵に丁寧に感想を書いている。
麗子が書いた「童女図」には、「想像でかいた自像風、童女像であるが、写生画と対比すると。
ずっと想像風の美が出ていて、顔など、理想画的な美しさが出てゐる」と評している。
( 日経 文化 より 岸田劉生「麗子像」と母・麗子 )