こんな例もある。厚生労働相の諮問機関、社会保障審議会の部会で議論している年金法改正案づくりは。
加入期間の延長など保険料と国庫負担の増収策に偏り、歳出抑制を避ける意図がありありだ。

  なにより専業主婦優遇と年収の壁、高齢女性の貧困、非正規社員の低年金、国民年金保険料の未納ー。
など官僚が放置してきた根源的な問題を同時に改善するのに有効な基礎年金財源の消費税化を。
はなから選択肢の外に置く。

  部会で手消費税方式を提起する委員がいようものなら「その話はもう片がついている」と。
事なかれ政権の顔色をうかがう勢力に一蹴されてるのがオチ。

  5月、水俣病の被害者らが環境相と熊本県内で懇談した際、被害者の発言を遮るために。
官僚がマイクの電源を切った愚行も根は同じだ。

  要は、熟議を経ながら政策・制度や問題の解決策、理念を形作り。
成案を得るまでの過程から多様性を排除しているのだ。

  同質的な空気に満ちた場に新鮮な風を送り込むのが専門家の使命であるにもかかわらず。
このところの政府会議にそうした人物を見出すのは難しかろう。

 

    (  日経  核心 より 大平首相を師と仰ぐなら  )