日付が変わって午前1時過ぎから私の仕事は始まる。家人を起こさないようにそっと応接間へ。
そして扉を閉めると、懇意にしているニューヨークの出版関係者に片っ端から電話をかけていくのである。

   今どんな本が話題になっているか。書評誌に出ていたあの作品は本当に面白いのか。
次にヒットを出しそうな作家は・・・。あちらはちょうど昼時分で、落ち着いて相手してくれる。

   「話題になってるが、あれは日本向きではない。手を出すな」。
「書評に出ていた例の作品、あの文芸評論家が推しているだけのことはある」。

   「売り出し中の新人作家がいてね、こいつは化けるぞ」。
私はインターネットやメールを自分ではほとんど使わない。83歳という年齢が理由ではない。

   本当に価値のある情報は肉声によってもたらされると考えているからだ。
だから直接話すことが大事で、私は夜な夜な電話魔になるのである。

       (  日経  私の履歴書 より  早川 浩  早川書房社長 )