「彼等より狡猾なりし」

生活

    今朝は早く起きたので、5時ごろ、東の空が赤く染まって、上空へのグラデーションが素敵でした。
あと1ヶ月ちょっとで、夏至、早いものです。

       笑いながら「2人死んじゃった」

   (産経新聞より)

   これに対し、名護漁業協同組合辺野古支部の川上将吾支部長は「海人の証言は噓だ」と指摘した。
沖縄気象台によると、事故が起きた3月16日は現場周辺に波浪注意報が出され。
波高は約3メートルと予報されていた。

   川上氏は「うねりがすごかった。しぶきが(辺野古沖の)長島を越えたのが見えた。
(波高は)実際には3~5メートルあったと思う」と証言した。

   川上氏によると、抗議船は辺野古漁港で船の上げ下ろしはできるものの。
人の乗降は認められていないという。

   このため、同志社国際高の生徒らは当日、平均台を渡るように幅約43センチしかない。
細い防波堤を歩き高低差約1.3メートルある砕石の積み上げられた場所まで降り。
そこから抗議船に乗船したとみられている(防波堤の幅や高低差は産経新聞記者による計測値に基づく)。

   抗議船2隻は普段、抗議団体の活動拠点「テント2」で保管されており。
出航する際は辺野古漁港までトレーラーに載せて公道を牽引(けんいん)していたが。
ナンバープレートなどは確認されておらず、「違法だと伝えたが。
改善は見られなかった」(川上氏)という。

   川上氏は事故当日、抗議団体の関係者から「2人死んじゃった」と笑いながら声をかけられたといい。
「ふざけていると思った。起こるべくして起こった事故。
彼ら(抗議団体)は辺野古住民の代弁はしていない。むしろ背中合わせだ」と語った。

      心に残る言葉  May ⑭
辛くしてわが生き得しは彼等より狡猾なりし故にあらじか                                                

   のちに岡野氏は民俗学者で歌人でもある折口信夫の内弟子となるが、その遠い発端は。
幼児のマジカルな唱え言葉の体験にあると感じる。

   その幼児の作用かどうか、不思議な予感の働いた体験が「4編ほど」あったと振り返っている。
その一つが、昭和20年(45年)1月に召集を受け大阪で入隊、茨城県の海岸防衛のため東京に向かった。

   時のことだった。品川の手前でただならぬ予感に襲われると列車に無数の焼夷弾が突き刺さって。
火を噴き、いち早く飛び出した岡野氏は助かったが、初年兵の十数人が助からなかった。

   ”辛くしてわが生き得しは彼等より狡猾なりし故にあらじか”
友らは死に自分は生きのびた。第1歌集「冬の家族」のこの歌は岡野氏の心中深くに。
刻まれた生涯の自問だろう。


    ( 日経  文化 より 「短歌に刻む昭和の精神史・岡野弘彦さんを悼む」 )

      生活雑感  May ⑭

   大谷翔平も、ドジャースも、調子が上がらない感じです。
翔平の、「休養」も大切でしょう・・・。山本由伸で勝てないと、厳しいですよねえ。

   まあ、こんな時期もありますから、焦らずに、1つ1つ勝ちにいくことですね。
でも、今日の(対ジャイアンツ)大谷翔平の投球は、圧巻でした。3勝目。

       今日もよい一日でありますように