僕は聞いてみた。「どうして僕の注文を何でも聞いてくれるんですか」。彼はこう答えた。
僕の中ではキャスティングの時から準備ができているんだ。

   キャスティングで映画の大枠は決まる。だから、なんでも受け入れる覚悟がある」。
そんな話をしていて、ふと気づいた。篠田さんは化繊の簡素なオレンジ色のブルゾンを着ている。

   イグアスでもこれだったような。まさか10年も来ているわけないか。でも聞いたら、そうだった。
「これは好きなんだ。好きだから大事にしている」と篠田さん。ああ、そういう人なんだと思った。

   2003年の「スパイ・ゾルゲ」の後の引退宣言もびっくりした。
僕は1998年に61歳で「リア王」をやって、舞台は終わりにした。僕の芝居は体力勝負。

   映画と違って長丁場の舞台を乗り切るエネルギーが無くなった。だからやめた。
引退宣言を聞いて、篠田さんがベルリンで言ったことを思い出した。

   「僕は気質として監督に向いていない。僕は学者なんだ」。
その時は本気と思えなかったが、記憶に残っていた。「あれは本音だったんだ」と思った。

            (  日経 文化 より 「篠田 正浩さんを悼む・山崎 努」 )