中尾さんの遺体を「芝居で寝てるみたいな顔してた」という池波さん。
「だから、送るのもちゃんと、そのまま銀座に飲みに行けるような格好にしてあげて。

   ねじねじして、送ってあげました」とし。
“死に装束”にトレードマークのねじねじマフラーを着用させたことも明かした。

 また池波は、中尾さんの晩年は手術の連続であったことも初告白。2007年に急性肺炎で緊急入院。
生存率20%と診断されて以降は「あっちこっち手術したりしてるんですよ。

   皆さんに誰にも言わず、スタッフにも言わず、ちょうど休みが取れたところで手術して。
元気になって、平気な顔で復帰してたんです。誰にも言わず、私しか知らない」と話した。

   具体例として「『ヨーロッパに絵を描きに行ってる』と嘘をつき。
病院で手術して、治って普通に復帰していたんですよ」と告白。

   「片っ方の肺、3分の2取っちゃってるんですよ。
それで10日間で普通に復帰した」と驚きの事実も明らかにした。

    中尾さんを突き動かした原動力を池波は強烈な“役者魂”だったと説明。
「『役者は、弱ってるのを見せるくらいならそこで引退しろ』ぐらいな。

  見せちゃいけない、やりたくないっていう人だったので、そこは通させてあげた」としみじみ語った。

       ( デイリースポーツ より  )