「盛者必衰、会者定離」

生活

     今日は、2つの低気圧に挟まれて、小雨が降っています。
この時期の、雨の日は、寂しい感情を、起こさせるものです。

      「なんで、子ども6人の家族?」

   日曜日に、「ビートたけしのTVタックル」を見ていました。
物価高やら、諸々の問題を扱っていましたが、見ていて、それってどうなの?と思うことが・・・。

   物価高で、「庶民の暮らしは・・・」ということで、登場した映像は。
「夫婦と6人の子供の家族」と、「年金が月9万円の、一人暮らしの男性」・・・。

   ええーっ!これって、「演出過ぎ」じゃないのと、見ていました。
だって、子どもが6人もいれば、物価高じゃなくても、大変でしょう、共働きでも・・・。

   なんで、デフォルメするんですかねえ・・・。

   もう一つの例、年金9万円で、5万5千円ぐらいの家賃で、4.5畳に間借りしている人・・・。
これも、「若いときに、何をしていたの?」という人でしょう。

   そんなの、「標準に」なりませんよ・・・
ことほど左様に、けっこう「つくられた内容」に、なっているものが、ニュースも含めて色々あるんですよね。

   よくよく、注意して見ないと、いけません。

sこの記事をシェアす

     心に残る言葉  November ㉕
     「 盛者必衰  会者定離 」                                

   小沢氏も連立を画策した一人だが、手法は野中氏と異なる。たとえば細川政権誕生エピソードだ。
93年の衆議院選前に野党8党派の党首と連合の全加盟委員長を会議にそろえて結集を呼びかけ。

   流れを加速させた当時の山岸連合会長は小沢氏から社会党の説得を頼まれていた。
小沢氏は会合で下座から「私たちの身柄をお預けします」と畳に手をついた。

   実母の通夜と葬儀に長時間参列し、山岸氏はこれで心を動かされたという。
細川政権が発足した後、どうなったか。山岸氏が小沢氏と会ったのはわずか2回で。

   晩年「利用価値がないと判断したら平気で捨てられる」と話していた。
かつての連立交渉はリアリズムと泥臭い人間関係が交差した。

   それに比べて足元の自民党と日本維新の会の連立はいかにも慌ただしい。
維新嫌いの野中氏なら「毒まんじゅうを食らった」とでも語っただろうか。

   維新は閣僚を出さない閣外協力を選び、いつでも政権に弓を引ける体勢をとる。
連立興亡の歴史は示唆に含む。冒頭の集いでは国政初挑戦時の年齢にちなんだ。

   野中氏の五十七の言葉が配られた。「盛者必衰 会者定離」から始まっている。

       ( 日経  風見鶏 より  )  

      生活雑感  November  ㉕

   習近平が、トランプとの電話で、「高市発言」に言及ですか・・・。
いやあ、国際政治って、小学生の人間関係と、まったくかわりませんね。

           今日もよい一日でありますように