今日もいい天気になりました。やはり、一年の始まりは、晴天の方がいいですね。
大川(旧淀川)沿いを走ると、元旦から走っている人が(私もそうですけど)、10人以上見かけました。
天満宮の近くでは、これから初詣に行く家族連れ、破魔矢を手にした、詣で帰りのお父さん。
ことしも、平和な世の中で、あってほしいですね。
「一年の計は元旦にあり」の由来は、中国の明時代の文人、馮應京(ふうおうきょう)が著した。
『月令広義(げつれいこうぎ)』の一節にあるとされているとか。
この書物の中では、人生の節目における計画の重要性が「四計」として説かれており。
その一文に「一年の計は元旦にあり」と記されていたそう。
日本では、戦国時代の智将・毛利元就(もうりもとなり)の教訓としても有名です。
元就は、一日の計は朝、一年の計は元旦、そして一生の計は立志(志を立てること)にあると説き。
常に先を見据えた準備を怠らないよう子孫を戒めまたとか。
今年も、健康を維持して、一日一日を、大切にしていきたいと思っています。
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「かかわらなければ/この愛しさを知るすべはなかった/この大らかな依存の安らいは得れられなかった」。
ハンセン病の療養所で生涯を過ごした詩人・塔和子さんの「胸の泉に」は。
読むたびに熱い感情をたぎらせてくれる作品である。
差別と偏見にさいなまれ、あらがい、塔さんは香川県の大島青松園で70年を生き抜いた。
その中で詩を書き、人間の尊厳をうたい、尊厳を踏みにじる現代を問うた。
この一編を最近よく思い出すのは、世に非寛容の空気が漂い、勇ましい言辞が弄ばれているからである。
それをあおる権力者がいる。呼応する声が渦巻く。
新しい年がやってきた。気が付けば2000年代に入ってすでに四半世紀。
かつて私たちが夢見た未来は、こんなふうに刺々(とげとげ)しくはなかったはずだ。異文化に。
あからさまな敵意を向けたり、共生をきれい事と冷笑したり、こういう社会はどこに向むかうのだろう。
みんなあやかしの叫びに気を取られ、人間の顔を見ていない。
「ああ/何億の人がいようとも/かかわらなければ路傍の人/私の胸の泉に/枯れ葉いちまいも/
落としてはくれない」。
( 日経 春秋 より )
