偶然、自力で手に入れる。
カプセル自販機以外にも。チロル堂にはいろいろな「偶然自力」が起こっている。
チロル堂の裏で工事が続いていたそうだ。重機の音がうるさくてダダさんたちは参ってしまった。
そこで工事現場が見える窓に「はたらくおじさんをみよう」という貼り紙を貼ってみた。

  と、ショベルカーに乗ったおじさんたちが、水族館の水槽にの中にいる生き物のように見えてくる。
次にやったのは、その窓に、おじさんたちに見えるような向きで、チロル堂のメニューを貼ること。
やがて、そのときはやってきた。

  おじさんが窓をたたいてドリンクを注文しにきたのだ。
そればかりか、窓から子供たちを連れ出し、ショベルカーに乗せてくれたのである。
悩ましい存在だった他人が、いつの間にか隣人に変わっていた。

  狙ってそうしたわけではない。むしろ、どうなるか分からないからやりたくなる。
利他にふさわしい動詞は、「与える」ではなく「漏れる」ではないかと思う。
与えようとすると、その宛先となる相手に善意の押し付け、制御し、支配することになってしまう。
でも制御の外にある偶然の力に委ねてみると。
漏れ出したものを他の誰かが偶然それを手にとる、とういうことが起こる。

  利他は、道徳のようにかっちりと人を成型する「すべき」よりも。
境界を越えて漏れ出していく遊びのような「しちゃう」にこそ宿るのかもしれない。
  (  日経文化より  チロル堂  伊藤亜紗  )