選手生活は心休まる日がなかった。試合の前に、まず身内との戦いがある。
毎年の契約更改でも味方こそが最大のライバルだと、はっきり意識させられた。
「トヨ、ちょっと調子が良かったらといって粘るなよ」と先輩は言った。
球団の原資は限られているので、私がアップすれば、誰かが減らされる。

  そういう具合だから、同僚と飲む酒も本当は心を許しておらず。
気がつけば、ぽつねんとしていることがあった。グランドに出れば、相手との戦いが待っている。
こうして日夜ため込まれた冷や汗や脂汗が、ちょっと栓をゆるめた途端に噴き出してくるもの、と考えられた。
つまり体の大掃除。

  大汗が引退後も続いたのは、慣れないペンを持ち、解説者の生き残り競争という。
これまた未知の戦いに臨んでいたからに違いない。
汗が出なくなったのは、今の解説は外したかなと思いつつ。
「まあ、いいか」と妥協するようになったころからだ。私は、勝負の舞台から降りていた。

  毎年発熱するほどのプロの厳しさをぴっしと言い表した言葉が最近あった。
中日・落合監督が新人の入団発表の席で授けた「自分のことだけ考えてください」というアドバイス。
下手にチームに殉じたり、他人に構ったりしていて出世できるほど甘くはないよ、という示唆であり。
プロというものを一言で表している。
     ( 日経チェンジアップ 「シーズン納めの汗」より  豊田泰光 )