初めて変則的な人生への私の思いを理解してくれる人に出会えたようなに感じた。
思い切って、先生の自宅を訪ねていいかと聞いてみた。勇気がいったことを覚えている。

  正月に来なさいと即座に言われ、先生と話しているうちに驚く。
この人のお父さんは伊勢神宮司を務めるている。堂上華族、いわゆる公家の家柄だったのである。

  なぜその人が高校の先生などやっていたのか。その上に宮中歌会始の講師もしている。
珍しい出会い。しかも話はフランス文学だったのである。

  漆塗りの大きめの器でお屠蘇を飲みながら、先生はこう言ったのである。
「君は大きな幻想を持ちなさい。幻想をも持たないと個性が確立されていかない」。

  とっさにはその意味はわからなかった。ただ身の回りのことだけにとらわれるな。
自分にとってもフィクションとなるような大きな未来像を持つことだ。

  年を経るとそれがいつの間にか身近になることもあるというように了解した。
この言葉は今でも私を励まし続けている。。

    (  日経  私の履歴書 より  鈴木 忠志  演出家   )