2か月かけて200ページ描くと2万3000円。頑張れば生活できる金額だ。
原爆症や性同一性障害、児童虐待など社会問題にも目を向けた。
後の作風につながる「弱者の視点」は尊敬する中学教師から贈られた座右の銘。
「弱者の言葉は常に正しい」が影響している。

  代表作「ベルサイユのばら」が誕生したのは72年。一通りの実績を積んだ時期だった。
フランス革命を舞台に王妃アントワネットや近衛連隊長オスカルらの波乱の人生を描いた長編である。
高2の夏休みに宿題で伝記作家ツヴァイクの「マリー・アントワネット」を読み。
「いつか何らかの形で作品にしたい」とひそかに温めていた夢だった。

  だがここでも試練が立ちはだかる。
「難しい歴史は女にはわからない」
「歴史物は当たったためしがない」
  編集部から慎重論が噴出したのだ。

  「絶対に当ててみせます。もし当たらなかったらすぐ打ち切ってください」
こう説き伏せて連載を開始した。すると空前の大ヒット。
宝塚歌劇団の舞台にもなるなど社会現象を巻き起こした。
女ながらも父の意向で軍人として生きた男装の麗人オスカルは「働く女性」である池田さんの分身でもある。

「人間はその指先1本、髪の毛一本にいたるまで、すべて神の下に平等であり、自由であるべきなのだ」
「真実のみにしたがい、一瞬たりとも悔いなくあたえられた生をいきた」
  数々のオスカルのセリフに自分の主張を込めた。
     (  日経  Mystoryより  池田理代子 漫画家・声楽家 )