プロの音楽家になろうと決意はしたものの、もちろんなれる保証はない。
私は楽観的な方だと思うが、将来への不安もやはりあった。

   その日も、当時よく入り浸っていた、後にチューリップのメンバーになる安部俊幸の家に。
タクシーで向かいながら、なんとなく気分は塞いでいた。

   「キミはギターを弾くとね?」。座席に置いたケースを見て運転手さんが話しかけてきた。
「僕も若い頃はギター弾いて歌いよったよ。ばってん、諦めたと。生活せないかんけんね…。

   キミは好きなことば続けたほうがいいよ。私はできんやったけど…。」
この言葉が安部の家に着いても頭を離れず。
深夜にもかかわらずケースからギターを取り出して曲作りを始めた。

   「私が今日まで生きてきて、何がこの手に残ったろう」。メロディーと歌詞がほぼ同時に浮かんできた。
そして死ぬ日まで歌をうたって生きたいと締める。

   たった2人の車内で運転手さんが語ってくれた言葉が、私の力になった。」

 

       ( 日経  私の履歴書 より 財津和夫 シンガー・ソングライター )