「噺家というのはね、子どものころから落語が好きだから、たとえ貧乏でも楽しくやれる。
今からでも会社に戻った方がいいよ。

  初対面の僕たち夫婦を本心から気遣い、説得してくれているのが分かった。
それでも決意が揺るがないことを伝えると、最後は「本当にいいのかい」と僕の妻に確認し。
弟子入りを認めてくれた。

  師匠の教えは3つ。嘘と泥棒はするな。仲間を大切に。その日の一番になりなさい。
師匠の自宅で、入れてくれるお茶を飲みながら何時間もおしゃべりした。

  30分ぐらい稽古をつけてもらい、またおしゃべり。
31歳で入門した僕は、コタツの中で落語家の空気をまとった。

  笑点メンバーとなり、独演会に呼ばれるようになった今も、年に数回伺う。
師匠とおしゃべりしながら、あの日の出会いに感謝している。

    (  日経  交遊抄 より  桂 宮治  )