飯田さんが認めるだけあって、峠さんはやり手の営業マンだった。
見た目はずんぐりむっくりで目がギョロリ。いかにも愛嬌がある。

   商談に臨んでも相手をなだめすかすのがとにかくうまい。
ちょっともめ事があって相手が怒っていてもかわいげのある言い方でやり過ごし、怒りが冷めるのを待つ。

すると絶妙なタイミングで反物の見本を取り出し、「こんなもんあるんですけど、どうでっしゃろ」と一言。
相手は「まったく、あんたにはかなわんな」と話に乗ってくる。

   「なるほど、これはうまい」。言い回し、間の取り方、勝負をしかけるタイミング。
それに何と言っても相手の心をつかむなんとも言えないしぐさ。そのどれもにも毎度、感心させられた。

   黙ってメモを取るだけと言われて最初は屈辱だったが、隣でペンを走らせるうちに。
徐々に峠さんの話術の妙が理解できるようになってきた。

   私はよく「商人は水であれ」と言う。お客さんの要望に合わせて水のようにどんな形にでも。
姿を変えてみせるのが商人のあるべき姿だと思うからだ。

   峠さんはまさに「水の商人」だった。
それに、とにかくお客さんが欲しいと思うものを先回りして用意する人だった。


     (  日経  私の履歴書より 岡藤正広 伊藤忠商事会長CEO )