社長は吉本隆明が好きだった。その影響もあってか、彼の書いた親鸞に関する著作をかなり読んだ。
とくに感銘を受けたのが「最後の親鸞」。自分は不完全だと自覚するリアリティー。

   親鸞は宗教の枠を出て、思想家になった。
また、イザヤ・ベンダサンのペンネームで「日本人とユダヤ人」を記した山本七平による。

   様々なキリスト教関係の本も紹介してもらった。社長はがんを患い、2007年3月に亡くなった。
亡くなる数日前、自宅に見舞いに行き、ベットに横たわる社長と2人だけで2時間ほど最後の会話を交わした。

   彼も私も特定の宗派に属するわけではない。
しかし、宗教について多く語ってきたので思い切って聞いてみた。

   「社長、神様、仏様はいますか」目を閉じながら安らかな表情でひとこと「いるよ」。
人生とは複雑で深いもの。悲しみもあれば喜びもある。平板なものでは決してない。

   物事の成功、失敗や、人の評判だけを気にするのではなく、右目で近くを、左目でと遠くを見つめよう。
社長からそう教わった気がする。

     (  日経  私の履歴書 より 尾身茂  結核予防会理事長 )