「長く」へと駆り立てたもの。それを聞くと、背筋が凍る。
「(年間)200安打撃つだけの打撃の技術もなく、守備がうまいとか、めちゃくちゃ足が速いとか。

   1年間ですごい成績を残せる自信はなかった。
自分の価値をつくるなら、長く続けること、とプロに入ったときから自分でわかっていた。

   だから最初から長くやろうと考えた」。
「継続」の裏に、とにかく謙虚な姿勢と、そこからくる尋常でない覚悟があったとわかる。

   定位置を取っても故障で休めば、すぐ取って代わられる。
「ほかの選手を使うという選択肢を(首脳陣に)与えるのが嫌だったので、自分はそこを離れない、と。

   だから骨折しようがグランドに立ち続けた。
死球で鼻骨を折りながらも、フェースガードをつけて出続けていた鳥谷氏。

   引退会見で「(野球が)楽しいというよりは苦しい16年間だった」と。
定位置を譲らなかった阪神時代を回顧したのを思い出した。

     ( 日経 逆風順風 より 「鳥谷氏は継続の天才」 )