わたしは言葉を失った。わたしが初めて英国に来たのは80年代のことだったが。
その前夜に見た映画に出た人から子供を取り上げてもらいなんて、偶然にしても出来過ぎだろう。

  なんとなく、ぐるりと一周して振出しに戻った感覚に見舞われた。
「前向きに生きろ」とか「後ろを振り向くな」とかよく言われるが、人間というのは。

  そんなに直線的な動きで生きているわけではないのではなかろうか。
人の視界は狭いものなので、自分が見ている範囲では直線的に前へ前へと移動しているように見えるのだが。

  実際には大きな弧を描きながら進んでいて、長期的にはぐるりと一周して出発点に戻る。
歴史は繰り返す、などと言われるのもそのせいかもしれない。

  そりゃあそうだろう。歴史を構成しているのは人間だから、一人一人がぐるぐる回りながら。
生きているのに、歴史だけがひたすら一方向に進むわけがない。

    (  日経  文化 より  ぐるり人生  ブレディ みかこ )