今年、私は22年続けた日本認知症法・認知行動療法学会の理事長を退任した。
後輩たちの自由な発想で学会をさらに発展させてほしいと考えたからだ。
最初は、ごくわずかの人数で始めた学会だが、今では多くの人たちが参加するようになった。

35年前、認知行動療法の創始者ベック先生に初めて会ったときのことを思い出す。
「日本ではまだ認知行動療法についてほとんど知られていない」と話した。
そのとき、「私も一人で始めたんだよ」とぽつりとおっしゃった。
あきらめないで続けていれば環境が変わって受け入れられるということを。
私に伝えたかったのだと、今になって思う。

認知行動療法をベック先生が初めて発表したのは1960年代初頭だ。
しかし、ベック先生の熱い思いとは裏腹に、アメリカの精神医療の世界でまったく受け入れられなかった。
その後、ベック先生やその仲間があらきめないで研究成果を積み重ね唄ことで。
世界的に広く受け入れられるようになった。
ベック先生自身の体験に裏打ちされた言葉はとても励みになった。

厳しい環境に置かれると、その厳しさばかりが目に入ってきて。
自分の力ではどうすることのもできないとあきらめる気持ちになりやすい。
たしかに、環境を変えるのは簡単ではないが、あきらめてしまうと、それ以上の変化は起こらない。
  ( 日経  こころの健康学より  )