人生を振り返ると、結局は、孫悟空のようにお釈迦様の掌の上にいたんだなと感じます。
若いうちは張り切って遠くまで飛んでいたつもりでも、気がつけば何のことはない、

  見知った世界でじたばたしていただけだったな、と。
僕は幼いころから、自分の意思で動いた記憶がほとんどありません。

  人生はくじみたいなもので、選択できる範囲はおのずと限られると思ってきた。
医学部に進学したのも解剖学の道に進んだのも、すべてなりゆきですから。

  ただ、運不運でいえば、僕は「運が良かった」と考えることにしているんです。
もっと悪いことが起きていたかもしれない、事故にあって死んでいたかもしれない、というふうにね。

  戦争もあったけれど生き延びました。
灯火管制中で街が真っ暗ななか、撃墜されたB29が頭上を落ちていった。

  燃える飛行機がきれいだと思ったのを覚えています。
生死にかかわる病気も何度か経験しました。

 戦争末期に東大病院へ入院。そんなご時勢に入院すること自体、命の危険が迫っていたということ。
隣のベッドにいた子は手術の翌日に亡くなっていました。

  ( 婦人公論 より 養老孟司 )