もっとも、温暖化で、春も秋も、短くはなっていますが。
この前、買ったものは、少し小さいものを買ってしまい、ちょっとストレスになっています。
世界的な菓子の大会で何度も優勝できたのは、妥協しない思いが強かったからでしょう。
二十三歳のとき日本の大会で優勝しましたが、人生は変わらず。
世界一にならなければだめだと気づいたのです。
初めてフランスの国際大会に出た時には、一か月前から安宿に泊まり込みました。
石の上で冷やし固めるアメ細工の練習場所として、トイレの床を磨いて使いました。
実家は石川県の老舗和菓子店、借金の保証人になったため十八歳の時には家まで失いました。
親はかまぼこ工場での働き口を見つけてきました。
しかし、ショートケーキに感動し洋菓子職人になると決めた子供時代の夢を捨てたくなかったので上京。
洋菓子店で住み込みで働き始めました。
「仕事の命を懸けるとはこういうことか」 と思うほど毎日必死でした。
まずは日本一になると決め、毎晩目標とする人の写真を眺めては、勝つためにすべきことを考えました。
休みは週に半日ほど。
それも有名な菓子店巡りに費やしたので、交際相手にもふられる始末。
当時月給は七万円でしたが、将来店を開くために一万円ずつ積立定期預金をしました。
まだ積み立ては続けているのですが、一生手を付けられないような気がします。
将来は辻口スイーツで世界を席巻したい。
むやみに店数を増やすのではなく、ニューヨークやパリに一店ずつ、かっこいい店を持ちたいですね。
( 菓子職人 辻口 博啓 )
白鵬が、引退することになりました。
横綱朝青龍の暴行事件や野球賭博事件、八百長問題などで揺れた角界を、一人横綱として頑張りました。
” 一代年寄 ” の名誉を与えても、いいと思えます。
米国なら、” 人種差別問題 ” に、なると思います。
勝ち方が、悪い、とか、態度が、とか、でも横綱にしたのは、協会だし、それで潤ってきたのも、協会です。
よく頑張った、よく相撲協会を支えてくれた、というべきではないでしょうか・・・。
今日もよい一日でありますように