母は昔から、家計簿の余白にちょこちょこと書き込んだりする人ではあった。
「多江子、11時半に帰宅」なんて文字を見つけて、ぞっとしたこともある。私が大学生の頃のことだ。

  「叙事とは、事柄をありのまま述べつづること」、と国語辞典にはある。
この中国旅行の写真アルバムは母の「叙事」が占めていて。

   娘と一緒に旅ができたて社幸せだ、なんて表現はひとかけらもない。
でも淡々とした記録のおかげで、私は現地のおじさんに親切にされたことを思い起こすことができた。

   そうだ、叙事は思いを呼び起こす。
読み返すたびに、叙事は読み手の心のなかで叙情に変換されるのだ。

      ( 日経  文化 より 「それは献立ノートに始まり・・・」)