四十年近く前、娘が生まれたとき、若いころからお付き合いしてきた。
俳人の黒田杏子さんに名前をつけてもらった。長らく日経俳壇の選者だった人である。

   三年前に生まれた息子は私の俳句の先生につけてもらった。なぜ子どもの名前を自分でつけないのか。
わが子といっても「授かりもの」の感じがしきりにしたからでもあるが。

   自分たちで名前をつけて一家だけで完結してしまうのがどうもつまらない。
そこで人生の先達にお願いして、家族の中に別の世界を招き入れようと思たのだった。

   黒田さんからは「藍生(あおい)」とのびのびと墨を走らせた半紙が送られてきた。
雑誌「暮らしの手帳」の創刊者、花森安治さんのお嬢さんが藍生という名前だそうで。

   「初めて会ったとき、なんてすてきな名前だろうと思ったの、。人柄も素晴らしい日人よ」と。
いつもの熱烈な口調が電話から響いた。 「藍が生まれる」と書いて藍生。

   たしかにこの名前だけでもすばらしいが。さらに花森とと組み合わさると。
花、森という字と響き合って樹木たちがいろいろな花を咲かせる深い森の風景が浮かんでくる。

 

       ( 日経  文化 より 「名前をつける話」 )