そこへ小柄で先生らしい人物がやってきた。刺すような鋭さのある目をしていた。
「あと何人だ」というので、思わず私が「あと3人です」と答え。
「よかったら明日また来ましょうか」と口走ってしまった。するとその人は私を見つめ「君は誰だ」と聞く。
名前を言い、モルフェッタから来たと話すと、小さな部屋に連れて行かれ。
課題曲のショパンのポロネーズを弾くように命じられた。
そして彼は断固とした調子で「君は今日のうちに試験を受けなさい」と告げた。

この人こそ、私の人生を左右するような決定的な影響を与えたニーノ・ロータだった。
彼はバーリ音楽院の学長だが、フェデリコ・フェリーニ監督の映画に音楽をつけるため。
ローマにいることが多かったのだ。彼の言うとおり、私はその日のうちに試験を受けた。

曲を弾いた後、他の試験官がいる前でロータ先生はこう言ってくれた。
「君には最高点を上げるけれど、それは今に君にではなく、将来の君に対してだ」
私はうまく弾けたことが嬉しくて帰宅後、一部始終を家族に話した。
(  日経  私載る履歴書より  リッカルド・ムーティ  指揮者  )