また一つ年を取った。この年齢になると、月日の経つのが早い。
朝六時に目覚めて、もうひと寝入りというと九時、十時になっていたり。
明日と思っていた仕事が今日だったり、時間に置いて行かれるケースが増えた。

  時が早く過ぎるのはこちらの動きが鈍ったからだろう。
選手生活の最後あたりはボースのスピードについていけなくなった。
そういう現象が脳にも起こる。つまり老化だ。

  万事がスローモーになってしまうけれども、悪いことばかりでもない。
心身の動きが鈍くなったことにより、かえって危機をやり過ごせるようになった気もする。

  たとえば、昨今は道ですれ違うときによけない人が増えたが。
自分の動きを止めさえすれば、衝突しなくて済む。要は張り合わないことだ。

  若いうちはこれができなかった。
西鉄というチームは身内に厳しいところで、凡打してベンチに帰ると。
無遠慮に軽蔑(けいべつ)のまなざしを送ってくる選手がいた。
こちらも「いやあ、相手の球がおじぎしちゃって」などと、とぼける知恵も持たず、いちいちカチンときた。ぎす

  ぎすぎすしたムードになっていたのはおそらく、私自身が。
あたりかまわずそういう視線を投げかけていたからでもある。
それが西鉄の強さの源でもあったが、まあとにかくどうでもいいことが原因で人とぶつかったものだ。

( 日経 チェンジアップ より  豊田泰光  )