退院から4か月が過ぎて体は元に戻り、仕事も再開している。ただし私は生活を改めた。
これまでは昼となく夜となくパソコンに向かってきたが、万事無理をしないことにして、執筆は日中に限る。
午後9時には妻と共に床に就く。しばらく手を繋ぎ、夜中に目を覚ましたときも妻の手をさぐる。
のろけついでに付け足せば、チョークによる手荒れでずっとっガサガサだった妻の手指が。
退職後はすべすべしてきたのがちょっとうれしい。

猫たちは、20日以上も不在だった私を忘れずにいてくれた。
退院した日、痩せこけた尻でソファに座ると、すぐにあいさつにきて、それぞれ体を脛にすり付けた。

私は猫たちを順に撫ぜ、抱き上げた。猫たちは目を細め、かわいい鳴き声を聞かせてくれた。

現状に満足したら成長しないと、よく言われる。しかし私は猫たちに親しむうちに。
時には満ち足りた気持ちになってもいいのではないかと思うようになった。
いつまでも血気盛んに振る舞う必要はない。そして夏の大患により、もう無理は利かなくなった。
還暦前に訪れた心身の変化を上手に受け入れて、創作にも生かしていきたいと思っている。
(  日経  文化面より   猫のあいさつ   佐川光晴   )