物を知らず、要領が悪かった。
朝いちばんに出社して灰皿を換え、掃除をしても誰も見向きもしない。
職場で飲みに出るときは自分だけ人数のカウントから外された。
「うちの社員って紹介するのが恥ずかしい」との同僚の声も聞こえた。
終電で風呂なしアパートに帰り、ダメだしされた仕事をコタツでやり直した。冬は寒く、惨めだった。

  支えのなったのは高校時代にかわいがってくれた担任、上野敦男さんの何気ない一言だった。
「このクラスから有名人が出るとしたら、林だな」。
根拠が薄くても自分を信じられる気持ち、誰かに褒められた記憶がつらい局面にいる人を救う。
「私は先生のお墨付きだ」と自分を鼓舞し、コピーライターとしての仕事や作家デビューにつなげた。
( 日経  Mystory より  林 真理子  作家 日本大学理事長  )