ある時、これは島岡先生の勧めだったと思うが、作曲家の原博さんに会うことになった。
パリで学んだ原さんは、古典的な作風で知られた作曲家。
「作曲家になるにはどうすればいいですか」と尋ねたのは川井だったか僕だったか。

「私は作曲家です、と言えばいいのです」と原さん。
「資格も免許も要りませんから」

この言葉はその後も忘れられなかったが、「私は作曲家」と言うことは。
むしろ非常に難しいということを、やがてはっきり認識することになる。
川井は、のち母校の作曲家教授・音楽学部長を務め、島岡先生の後を継ぐわ声楽の権威と知られることになる。
(  日経  私の履歴書より  池辺晋一郎  作曲家  )