元々、無縁の世界だと思っていた。
「“夢がプロ野球選手”なんて恥ずかしくて言えなかった」。
13年ドラフト当日は指名があるとは思わず寮の二段ベッドの上で寝転がり、ゲームに没頭していた。
阪神から6位指名。「人生で初めて頭を抱えた」と喜ぶことなく、うなだれた。

  「3年で終わると思っていた」と心に決めて静岡の実家を出たのは、もう10年前だ。
漠然と「プロの練習はきついだろうから体力をつけないと」と。
鳴尾浜の選手寮でどんぶり飯をかきこむことが挑戦の始まり。その第一歩が今に生きる土台をつくった。
入寮から1カ月で8キロ増の体重90キロ。
「コントロールが安定した」と10年たっても変わらない適正体重を早々と手に入れた。
「正解が何かは分からないけど、何を信じるか」

  シーズン中はスタンドの階段登りを続け、試合のない月曜日や移動日も必ず甲子園で調整に努める。
「継続」という名の信念がマウンドでの輝きの源だ。突然、2軍の鳴尾浜に姿を見せることもあった。
「仲間として気になる」。後輩投手らの近況を聞いて励まし、逆に力をもらった。
ふとのぞいたトレーニング室の開いた窓。
右肩手術から復帰を目指す望月がリハビリ用ボールを力強く足もとに投げ続ける姿が目に入った。
「(手術して)相当厳しいと聞いていたので、頑張ったら、ここまで来られるんだなと。勇気をもらった」

  フル回転を続けていた9月上旬、行きつけの鉄板焼き店でお好み焼きを頬張り。
「今が一番体はきつい。リフレッシュ休暇ください」と笑って漏らした。
開幕直後は古傷のある背中に激痛が走り、投球フォームを微調整して克服。
「万全な状態なんて一年間でほとんどない。投げるしかない」。
6月下旬から8月下旬まで自己最長の23試合連続無失点で16度連続のセーブ機会に成功。
1年間通してブルペンに穴を空けなかった奮闘には「MVP」の文字も浮かぶ。
    (  スポーツニッポン より  胴上げ投手 岩埼優 )