もう一つ思い出すのが作家、向田邦子さんの随筆だ。
「独りを慎む」という小文に33歳で初めて一人暮らしを始めた時の心境をつづっている。

  ある日「急激にお行儀が悪くなっている」自分に気づいてドキンとしたという。
炒めた食材をフライパンから直接食べる、風呂上がりに下着姿のまま電話をとる。

  家族の視線がなくなって居住まいが崩れたことを猛省し、こう記す。
「これはお行儀だけのことではない」「精神の問題だ」。

  一歩間違えば自堕落に陥るからだ。
年齢を重ねるほどに人生から「初めて」は減っていく。

  それでも、時々はこの言葉を取り出して、我が身と精神が崩れていないか点検する。

  (  日経 春秋 より   )