今日も寒くなりました。
それでも、ウインドブレーカーの上下で、10㎞走ると、汗がしたたりおちてきます。
走り始めは、寒いし、億劫になりますが、走り終わると、やって良かったと思います。
ランニングする、朝に見かける風景があります。
ひとつは、近くの小さな通便局の前から、デイサービスに向かう車椅子のおばあさん。
お嫁さんか?娘さんが、迎えに来た介護施設の人といっしょに、「椅子ごと」車に乗せています。
これで、夕方まで、施設で、「おしゃべりしたり」「歌を歌ったり」「ゲームをしたり」するのでしょうか?
うーん、「二度童子(にどわらじ)」という言葉もありますが、・・・。
おじいさん、おばあさんになって、「幼稚園児」のような、一日を過ごすのは、ねえ・・・。
何年後かに、私もこのようなことになったら、ちょっとショックだなあ、と見ています。
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ある夜、ボトルも空いてきたころ議員の1人が日本の議員から「根回し」という言葉を聞いた。と話した。
公式の会議前に意見をすりあわせる非公式な相談だと説明した上で。
「米議会でも同じことをしているのにネマワシのようなきちんとした言葉がないのは残念だ」と言った。
「ならばネマワシを米議会でも流行か」と別の議員が提案し、一同が賛同した。
そのようなわけで米議会ではしばらくの間。
一部の議員が「この問題派では、もっと根回しが必要だね」などと言い合っていた。
結局、ネマワシの言葉は米国では浸透しなかった。
50年前の私は、妥協なしに主張をぶつけ合うだけの政治がここまで米国に広がり。
合意を得ようとの意志さえ失われるとは想像もしていなかった。
今日と違い、当時の議員には所属政党にかかわらず、ある種の仲間意識があった。
共和、民主の両党は政策をめぐり衝突しても互いを尊重し信用していた。
妥協こそが民主主義的な政府を機能させる肝だとも信じていた。
( 日経 私の履歴書 より ジェラルド・カーティス )