8月にはメディアに“職場放棄”と書かれた事件もありました。
延長11回裏に1アウト一、二塁のチャンスで打席に立った彼は、見逃し三振を喫します。
自分への怒りに震えた中田は、試合終了を待たずに帰宅しようとしたのです。

  結果的にサヨナラ勝ちを収めたことで、職場放棄にはなりませんでした。
私は翌日に中田を監督室に呼び、心のなかの「真」をぶつけました。
私の最善を尽くして、彼の心と正面から向き合いたいと考えたのです。
中田もまた、怒りをまき散らすこともなく、本心を明かしてくれました。

  「お前を信頼している。お前で勝負してダメなら納得できる」
4番の重責を背負いながら戦う男の苦悩や葛藤に触れた私は、それでも「お前を信頼している。
お前で勝負してダメなら納得できる」と伝えました。彼の心に、いま届かなくてもいい。
いつか心に染み込む日があるはずと信じて、言葉をつなぎました。

  このシーズン、ファイターズは日本一となり、中田は自身2度目の打点王に輝きました。
彼もまた、「天真」を自覚して野球に取り組んだのでしょう。

  〈 人間は自ら気づき、自ら克服した事柄のみが真に自己の力となる〉

  森信三先生の言葉です。知識と経験は違う「知行合一」の考えかたと同じで。
自分で考えて、自分で問題にぶつかって、失敗もして、自分で解決したものでなければ。
本質には辿り着けないということでしょう。

  監督としての私も、失敗を重ねることで知識を増やしていきました。
  ( 文春オンラインより 栗山 英樹/Webオリジナル(外部転載))