今日は、二十四節季の「小暑」、これから暑くなるという、目安です。
しかし、「もう、すでに暑い」ですよね。
昨日も、今日も、「危険な暑さ」に、なるようです。
体調には、気を付けて、お過ごしください。
イギリスで、保守党→労働党への、「政権交代」に、なってしまいました。
元首相も、落選してしまうような、保守党批判が、吹き荒れたようです。
立憲の、小沢一郎などは、「日本でも、政権交代だ!」なんて、勢いづいているのでしょうね。
今、衆議院を解散したら、ありえますからね・・・。
英国の野党のように、「影の内閣」で、「その時が来たらの『勉強』」は、してきたのでしょうか?
民主党政権時のように、「官僚を使えない」、あるいは「大臣が、官僚から嫌われる」。
各国の要人との、関係は、してきたのでしょうか?
でないと、「政権交代」はしたけれど、「国民から見て、安心して見れない」内閣に、なります。
「泉を下ろして」、枝野や野田が、また、出てくるようでは、心配です。
「私自身の症状は変わらないのに、なぜ急にこんなにお金がかかるの?」。
疑問が強くなった私は法学部に進学していたこともあり、「弁護士になって、自分を原告にして。
憲法訴訟をしよう」と考えるようになった。
国を訴えるならば弁護士に依頼すればいい。
けれど「難病患者の医療費が高すぎる」という問題は相手にされないと思い、自ら弁護士になる決意をした。
ちょうど大学卒業直後の04年度から法曹人口を増やすための法科大学院が創設された。
1期生としてなんとか滑り込み、司法試験の合格を目指した。
2年で終了した後、司法試験は2年連続で落ちた。
病気の影響で長時間勉強する体力はなかった。
がんばりすぎると寝込んでしまう。時間絵を決めて勉強するしかなかった。
当時3回しか受験のチャンスはなかった。「たぶん落ちるだろう」と考え、企業や公務員の就職活動もした。
このころ新薬の治療が可能になり、3か月に1度の治療で請求される金額は18万円。
「医療費を稼ぐだけで人生が終わってしまう」と危機感を抱いたが08年9月になんとか合格でき。
弁護士への道が開けた。。
( 日経 向き合う より 「難病抱えながら弁護士に」 青木志帆 弁護士 )