「こういう食材が体にいいから食べなさい」「安くて良い品が欲しかったらどこそこに注文しなさい」
「楽しい旅がしたかったらこれこれという観光地へお行きなさい」。
ネットやメディアが、日常の細部に至るまで「一番良い」ものを教えてくれるのはありがたいが。
本当にそれが一番良いものかどうかを確かめることもできないまま、言われた通りに行動してしまう。
犀の角どころではなく、「操り人形の如く、ただただ皆と同じ方向に歩む」ことになってしまうのである。

  偉そうに語っている私自身、そんな外界からの「ご推薦」に従って。
深く吟味することなく物事を判断していることも多い。
お釈迦様に顔向けできないこういう愚かしい己が暮らしを反省し、世評に背を向け。
自分だけの判断をもとになにかしてみようと思い立ち、変わったツアーを企画した。
テーマは「世界遺産をめぐらない旅」である。

  タージマハルだの何だの、世界遺産が山盛り一杯の国インドを、世界遺産だけは避けながら。
行く価値のある場所を自分で探しまわる、という企画を立てて。
知り合いの人たちと一緒にツアーを組んだのである。

  世界遺産というのは専門家たちが太鼓判を押して推薦する名所であるから。
それなりに見る価値はあるに違いない。
しかし私自身がそこを「世界遺産」だと承認しているわけではないから、言ってみれば「他人の価値観」である。他人の価値観に頼らず、自力で道を探すのが犀の生き方だ。
というなら世界遺産を無視する旅もそれなりに意味があるだろう。
       (  日経  世界遺産をめぐらない旅 より  )